
高梁市備中町西山、標高480m、四方を大自然に囲まれた高原の中、営農団地榮農王国「山光園」でピオーネの生産を営む。 林さんは岡山市内の農家の次男に生まれ、南九州大学園芸学部にて農業を学ぶ。 卒業後に広島で一年、農業の研修を経験し、6年前にこの営農団地に入植した。 曽祖父から三代続く農家に生まれたので、なんとなく子供の頃から自分も農業をなりわいにするのだろうと思っていた。 3人の男兄弟の次男で、兄弟は輝さんを含めて3人とも農業に就いている。 輝さんは、生産の場所を営農団地に求めたのは、自分の土地で自分なりの営農にチャレンジしてみたかったから、そして 子供を育てるにもここはのんびりしていていいところだと感じたからで、2人の子供と奥様の4人で暮らす。 「農作業を今まで辛いと思ったことはなく、自然と向き合っていることが自分には合っている」 「自分が手塩にかけて育てたものを人に食べてもらえることで、出荷時に最も幸せを感じる」 「昨今の偽装事件には大変腹が立つ、嘘をつかれて売られる様なら、自分達で売ることも考えていきたい」と語る。 現在、榮農王国「山光園」には10組の家族が全国各地より移り住み、トマト作りやピオーネ作りに励んでいる。

岡山市北区の御津伊田で有機農業を行う循環農業「里山農場」の代表。 素晴らしい里山の自然環境の中で一切、農薬や化学肥料に頼ることなく、自分達の命、自給、循環をテーマに農場を作り上げてきた。 年間60種類を超える野菜を始め、米、麦、大豆の栽培、農産加工など「自分たちが食べたいもの」から、全て始まっている。 山崎さんは倉敷市玉島長尾に生まれ、秋田大学鉱山学部を出るが、化学物質過敏症を患い自ら生産者になることを決意。 埼玉の農家で1年間の農業研修を行い、その後、栃木の専門学校で外国人の農村指導者を育てる教務を2年間勤める。 8年前に横浜生まれの奥様と夫婦で移り住み、農場と事業を拡大。現在は3児の父。 有機栽培の生産だけでなく、既存の流通に頼らずに生産品の配達と発送まで自らう。 更に、農家のせんべい、乾麺、人参ジュースの食品加工も事業化を進めている。 将来的には、農村自体の循環型自立を目指し、来訪者や住民が農村でリラックス・進化できる場の創出と、法人化の限界を超えて個人の能力を最大限利用する個人事業主ネットワークの確立を目指す。

高梁市有漢町上有漢に工場で野菜を作る「竃イファーム有漢」という会社があると聞き出かける。 キューピー鰍ゥらノウハウの提供を受け、密閉された室内、三角パネルと噴霧水耕栽培を利用した完全制御型植物工場で、リーフレタスやフリルアイスなどを生産する。 傾斜角60度の三角パネルにより、栽培面積は2倍の高密度化を実現。32〜42日の栽培日数で、年間11サイクルで出荷される。 室内で作られる為、病害虫の心配がなく、完全無農薬栽培なので洗わずに食べることができる。 露地ものに比べ細菌数も低レベルで日持ちがよく、ロスが少ない。天候に左右されないので安定生産、価格変動もない。問題点は電気代が高くつく点だ。 しかし何より手が汚れないこの仕事、女性を中心とした10人程のパートさん達でほぼ稼動している。 藤森さんも有漢で生まれ育ったが、農家ではなく、農業の経験も無い。仕事は理科の実験の様だと言う。 重労働も無く、朝9時〜昼3時迄の5時間で一日の作業は終わる。職場はさながら研究室、給食センターといった感じだ。 集約的農業に3Kを完全に取り除いたこの事業は地域に新たな雇用を生む。

新見市高尾、休耕田を利用して地元の若者達がヤギの放牧を始めた。 23歳の3人で運営するヤギ牧場「鰍ォらり」だ。 代表取締役社長の吉良さんはタイで生まれ、地元新見で育った。 徳島の四国大学経営情報学部に進むが、動物好きの彼は2年で大学を中退し、長野県で酪農の研修を受けた後、地元に帰りヤギ牧場を始めた。 「どちらかと言うと牛が好きなんですが…」という吉良さん。 地元で棚田の休耕地が増え続け、荒れていくのを見ては、なんとかしたいと考える中で、周りの人々のアドバイスをもらいヤギの牧場を始めた。 ヤギのミルクは人の母乳に一番近く、栄養価が高い上に消化吸収が良い。 また、体脂肪を燃焼させる乳として健康や美容にも良いとされる。 何より酪農を行う上で、他の動物に比べて餌は少なくて済み、糞尿の量が少ないということが起業の決め手になった。 そして動物好きの彼が十分なスキンシップをもって育てたヤギはとても人懐こいのも特徴。 男2人女1人、同級生3人組が日夜奮闘して育てたヤギ達は現在17頭に増え、これからミルクを使った乳製品の開発とヤギとのふれあいによる癒しあふれる牧場づくりを目指す。

新見市森林組合に所属し、高梁川源流域の森林を守る仕事に従事する2人の若者がいる。 彼らはなんと2人とも神奈川県出身と聞いて驚いた。 そのひとり杉本さんは横浜市出身。横浜市の商業高校在学2年の時、南足柄の下草刈りボランティアに参加し、森林保全に対して関心が深まったと言う。 卒業後、静岡県天竜市の製材業に就職するが、環境への想いが強くなり、22歳で、NPO法人地球緑化センターの「緑のふるさと協力隊」に参加。 その時の出向先は、福島・京都・岡山の3地区だったが、杉本さんは縁があって阿哲郡大佐町(現新見市大佐)で1年間ボランティア活動に励む。 翌年、新見市森林組合に就職。以来、フォレスターとして主に公の森林の間伐作業を行い、高梁川源流域の森林を守ってくれている。 杉本さんは昨年、新見で開かれた「環境保全型森林ボランティア」に指導者として参加し、全国から集まった45人の学生達とのふれあいを通して、新たな目標を持った。 自然環境・林学への思いから、将来機会があれば大学で学ぶ事も視野に入れるようになった。 学生に教え、学生から学ぶ、実直で探究心の旺盛な彼らしい。

もう一人の若きフォレスター。 井本さんは横須賀市出身。高校卒業後、C・W・ニコル氏も講師を務める渋谷区の東京環境工科専門学校の自然環境保全学科にて自然の管理保全、環境教育、動植物の生態系などを学ぶ傍ら、21歳で森林ボランティアに参加し、阿哲郡大佐町(現新見市大佐)へ来ることとなる。 翌年卒業後、縁のあった新見市森林組合に就職。フォレスターとして高梁川源流域の森林を守ってくれている。 杉本さんが23歳、井本さんが22歳の時、偶然にも新見で神奈川出身の2人の若者が同じ職場で働くこととなった。 2人はとても対照的で、思考派の杉本さんに対して、井本さんは直感型のタイプのようだ。 彼は現場を通して学べることが、まだまだ沢山あると言い、これからも新見に身を置きフォレスターを続けていきたいそうだ。 今後は野菜も作り、自分が食べるものぐらいは少しずつ作ってみたいと語る。 縁があって2人が新見で出逢い、今後、別々の視点で地球環境のことを考えていく。 2人に出会って岡山の山を神奈川の若者が守ってくれていることを少し恥ずかしく思いながら、これからの2人には更に期待したい。
















